blog 江戸の色恋艶咄

時代劇漫画原作者・篁千夏のブログ

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コラム03:江戸の密通事情

《江戸のデリバリー文化》
 江戸は物売り、現在で言うところの宅配(デリバリー)がとても発達した都市でした。もちろん店を構えている店も、呉服屋や米屋など数多くありましたが、基本的には物売りがお得意先を巡回したり、町内を流したりして販売する方法が多く、家に居ながらたいがいの物が手に入りました。

 朝は朝食にする納豆や豆腐、シジミ売りなどがやってきますし、魚売りも天秤棒を担いで売りに来ます。それどころか、頼まれれば持参している包丁と俎板で魚を三枚におろしたり刺し身にしたりします。これは、現在でも築地などの魚市場で、頼めばやってくれる店が多くあります。

 春先には家庭菜園用の苗を売りに来るもの、夏になれば冷や水売りや金魚売り、風鈴売りがやってきて、秋口には鬼灯売りや冬には炭団売りと、季節に合わせてさまざまな物売りがやってきます。今日の宅配文化も盛況ですが、江戸時代に比べればまだまだですね。

 便利な宅配ですが、江戸では密通に発展する時もありました。江戸時代も前半までは、男女比が極端に偏っており、女性が大変少なかったため、一生結婚できない男性も多く、そのために吉原のような遊廓や、非公認の私娼地である岡場所が、品川・深川・築地・内藤新宿などで繁昌しました。


《江戸の不倫事情》
 こういう状態ですから、結婚できた男は女房をたいへん大事にします。また、当時は共働きという考えは少なく、亭主は女房を養って一人前と考えられていましたから、亭主が仕事で家を出たら、女房は家の仕事を終えたら昼からお酒を飲んで過ごす、なんてことも多かったとか。

 魚屋が通りかかったら、刺し身を作ってもらったついでに、好い男なら家の中に引っ張り込んで不義密通、なんてことも。当時はわざわざ布団を敷くなんて面倒くさいことはせず、衝立の陰でコッソリ……なんてお手軽な不倫が、多かったようでございます。

 落語に『紙入れ』という演目があります。貸本屋の若者が、出入り先の女房に誘惑され、ついフラフラと家の中に上がり込んだところで亭主が急に帰宅、慌てて逃げ出すが、その亭主から以前もらった紙入れを置き忘れてしまい、貸本屋は翌日恐る恐る取りに行くと……という内容です。

 紙入れは、機転の利く女房が先に見つけて隠し、事無きを得ます。落語の中では明確には言及されませんが、どうもこの女房、若い衆を何度も引っぱり上げて、つまみ食いをしている雰囲気。この噺の原話が安永三年(一七七四)に刊行された『豆談義』に収録されているそうでございます。


《江戸のナンパ事情》
 間男(密夫)をネタにした艶笑噺は、他にも数多く残されていますから、町人文化が成熟した元禄時代以降、このようなお手軽な不倫は、日常茶飯事だったようです。というか、不倫という概念自体が近代以降に輸入されたもの。それだけ当時の日本は、性におおらかな文化だったとも言えます。

 井原西鶴の『好色五人女』や近松門左衛門の『五十年忌歌念仏』で題材にした、姫路の宿屋但馬屋の娘お夏と手代の清十郎が駆け落ちしようとしたという実話に題材を撮っています。内容には脚色がありますが、どちらもお夏の方が積極的に清十郎にアタックしています。

 この二人の物語は、よほど人口に膾炙したのか、後水尾天皇までが俳句にされています。
 清十郎きけ 夏が来たとて 杜宇
ホトトギスという鳥は初夏になると日本に渡ってくる渡り鳥であったため、季節と女性の名前を掛けているんですね。

 女性は慎み深く控えめで……という価値観は、どうも江戸時代には当てはまらないようです。男から女性に声を掛けるのは自惚れと思われ、むしろ女性から男性に声を掛けるのが一般的だったようです。西鶴は関西の文人でしたから、江戸も上方も事情は同じだったようで。


《江戸の示談事情》
 いちおう武士の時代でしたから、不義密通はお家のご法度とされますが、それは武家では家を継ぐことが重視されたからで、大きな商家とかならともかく、庶民の世界ではそれほどでもなかったようです。建て前上は、間男は不義の妻と重ねて四つに斬っていいとされましたが。

 実際は間男が発覚したら、だいたいはお金で解決していたようです。示談金の相場は七両二分。なぜこんな中途半端な金額かといえば、昔は大判一枚が相場だったのだとか。大判は小判十枚の価値とされましたが、実際の流通では七両二分の価値として流通していたのです。

 一両を現代の金額で幾らに換算するかは、諸説あります。米の価格から換算する方法や、大工の手間賃から換算する方法などさまざまですが、安い説で四万円程度、一般的には七万円程度、高い説では25万円程度がありますから、示談金は三〇万円から五〇万円程度と考えていいでしょうか。

 作品の中では小間物屋が、枕絵や張型も販売していますが、このようなオマケの販売はごく普通だったようで、夏の風物詩の金魚売りも、沢蟹も売ったりしていました。商い先でのエッチにも、ちゃんと代金が払われたそうですから、裏サービスの一環と認識されていたのでしょうね。


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