blog 江戸の色恋艶咄

時代劇漫画原作者・篁千夏のブログ

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コラム01:江戸のチラリズム

《江戸の見世物小屋事情》
 江戸の見せ物小屋と言いますと、落語のネタで良く語られる『六尺の大鼬鼠』が有名ですが、これは実際にあったようです。しかし見料自体は三文から十文と安い物でしたから、そこで騙されたと怒るのは野暮、ということになります。江戸っ子にとって野暮と呼ばれるのは最低の評価ですから。

 自分が騙されたついでに、友人にも「あそこのは本物だ」と騙し、出てきたところを笑うなんてこともやったようで。もちろん騙された方もいっしょになって笑うのが、粋というもの。他にも「大きな河童」というので入ってみたら雨合羽があったとか、シャレが効いた物が多くありました。

 『やれ吹けそれ吹け』や『蛇女』のような、性的な見せ物というのは現代のストリップショーのような物で、実際に出演した女性は元遊女などが多かったのです。戦後も昭和四十年代ぐらいまでは、『蛇女』のような見せ物は生き残っていたようですから、ずいぶん息が長い趣向です。

 『やれ吹けそれ吹け』には、昔話題になったノーパン喫茶のような要素も入っていますね。新しい風俗といっても、人間がやることは何百年たってもあまり変わらないようです。何しろ殿方というのは、隠してある物がチラリと見えることに興奮する生き物ですから。


ノーパン喫茶の原点は江戸時代に》
 性風俗と申しましても、即物的に性交で快楽を追求するものと、『やれ吹けそれ吹け』のように馬鹿馬鹿しいことを真面目にやって、己のスケベ心を笑うというのでは、質的に違うと思います。想像力を刺激して楽しむという行為は、脳が発達した人間独特の行動様式だと言われます。

 そうであるのなら、安い対価で性交渉が可能だった時代に、金を払ってこういう馬鹿馬鹿しいことをやるというのは、高尚とは言いませんが、なかなか粋な遊びだったと言えるのではないでしょうか。快楽という物を追求していくと、こういう子供っぽいところに帰着するようです。

 現代のノーパン喫茶などと同様に、日本の性風俗産業には昔から、ある種の明るさというか馬鹿馬鹿しさ、コミカルさがあります。この伝統が息づいているからこそ、現代でもストリップショーや覗き部屋のような、性交なき風俗産業が存在し得るわけです。

 これは日本に限らず、もともと東アジア地域は性に対し大らかな伝統があるのが一因ではないでしょうか。夜這いの風習などはキリスト教の倫理観で縛られた欧米の社会では考えられないことですから、江戸時代の日本人にとって性とは、今日の倫理観とは異質だったように思われます。


《江戸のダーツバー》
 さて、時代劇では時々、楊弓場のシーンが登場します。楊弓とは、もともと楊柳で作られた遊技用の小弓で、長さは二尺八寸といいますから、約八十五センチほどしかありません。これで七間半(約十三・五メートル)先の安土に懸かけたり鳥居に吊した的を射ました。

 見た目は現在の射的やダーツのようにも見えますが、楊弓場で働いていたのは矢取女(矢場女)と呼ばれる妙齢の女性でした。男たちの目的は的ではなく、これらの女性でした。つまり楊弓場も直接性交することなく楽しむ性風俗のひとつでした。では、どんなサービスをしていたのでしょうか?

 彼女たちは、客が放った矢を回収に行くのですが、その時にふくらはぎや腰巻きなどがチラリと見えるのです。もうそれで男たちは大喜び。運良く太股まで見えた日には、天にも昇る気持ちです。見せようと思っていない物がチラリと見えるのに、男は興奮する子供っぽい生き物ですから。

 しかし、中には悪い人間もいて、矢を回収しに行ってる矢取女のお尻に向けて矢を放つ者もいました。これなど、キャバクラでコッソリ女性のお尻を触る酔客のような者です。しかし、そこで矢取女が慌てふためく姿もまた、客にとっては可愛らしいと言うことになります。


《時代は変われど人は変わらず》
 客の多くは、矢取女と会話を楽しみ、でいれば口説き落としたいと思っています。そういう点では、現在のキャバクラにも似ていますね。キャバクラは女の子との会話を楽しむ場所ですが、あわよくばお近づきになりたいという下心をまったく持ていないという人は、少数派でしょう。

 そのため、看板娘が結婚したりして、代わりに母親が矢取女になったりすると、途端に客足も減ったりしたようです。川柳にも『母が代わって楊弓の客もそれ』なんてものも残っています。矢が的から逸れるように、客も楊弓場から足が逸れていった様子がうかがえますね。

 もっとも江戸時代も後期になりますと、風紀も乱れてきて、幕府公認の色町だった吉原以外の岡場所も賑わいます。そうなると、チラリズムで売っていたはずの楊弓場でも、ひそかに買春が行われていた形跡があります。もちろん、おおっぴらにはできませんし、見つかれば処罰されます。

 これは、時々ストリップ劇場が本番ショーで摘発されるのに似ていますね。客商売ですから、客を呼び込むためにはサービスがドンドンエスカレートしていって、終いには禁を破ることに行き着いてしまう。繰り返しますが、人間のやることはあまり代わりがないようです。


■宣伝でございます■ 当コラムはリイド社刊の月刊コミック乱に掲載された漫画『浮世艶草子(八月薫作画)』の単行本第2巻収録の[火吹竹]の回に付随したコラムを再録したものです。これを大幅に加筆・修正したコラム集が、電子書籍『江戸の色恋艶咄』となって発売中ですので、ご興味のある方は下記リンクをクリック願います。